子どもの不登校~⑥その時、親の私は…

子どもが小学校を卒業し、中学に進学した時、

とても不安でした。

学校に行かないかもしれないのに、学生服を用意したり、自転車通学の自転車買ったりする事に、とても躊躇しました。

だって、わびしいじゃないですか!

学校にまともに行けないのに学生服用意したり、自転車買うなんて!

でも、義務教育だから仕方ない。

複雑な思いを抱えたまま用意しました。

中学でも、まず担任の先生の理解を得たり、毎朝、学校に電話をして欠席の連絡をすることをまたやらなければならないと思うと、めちゃめちゃ憂鬱でした。

もう、どうやっていたのか、詳しいところは忘れて

しまいましたが、担任や学年主任が家に来て、子どもが

学校に来やすいように協力します!と申し出て下さいました。

有難かったけど、私は、子どもの意志を尊重しようと思っていたから、とにかく自分で動き出すまでは無理強いだけはしないように心がけていました。

中学になってからも、学校に行ったり行かなかったりを繰り返していましたが、林間学校の時、友達とトラブルがあってからは、3か月ほど一切学校に行けなくなりました。

あ~少し調子よかったと思ったら、またか!って。

私は、子どもの言動に一喜一憂してしまい、振り回される毎日。

林間学校のトラブル後は、給食だけは行くとかはあったと思いますが、それも馬鹿みたいに送り迎えして支えていましたね。

学校の勉強はほぼやらずにいて、これはまずいと思って家で子どもと一緒にやってみたりしましたが、何せ勉強が苦手な私。

教えられるはずもなく、挫折!

方程式なんか見るだけで寒気がしていました。

勉強していないから、漢字もまともに書けなくて

あ~この子はもうこのまま漢字も書けないで大人に

なってしまうのか?!と思い、失望を感じる日も

ありました。

心療内科のカウンセラーに相談にしたら、今はパソコンがあるから、書けなくても大丈夫ですよ!と軽く言われ、まぁ確かにそうかもしれないけど、私はこの子に

最低限の漢字だけは書ける子であってほしい…と、はかない小さな願いをもっていました。

就職するにしても、漢字だけは必要だろうと思っていました。

そんな時、病院の待合室で読んだ、あるドキュメンタリーの記事に衝撃を受けました。

中学時代にオール1だった人が、社会人になってからアインシュタインの番組を観て物理に目覚め、九九からやり直し、定時制で猛勉強して某国立大学に合格し、自分の通っていた高校の先生になった話。

私は、こんな人が世の中にいるのだと、非常に感銘を受け、感動し希望を頂きました。

その週刊誌、その足で買いに行き、今でも大事にとってあります。

その話から希望は頂きましたが、我が子は、もう学校と名のつく所には行かない!と宣言していて、高校も半ばあきらめていました。

でも、高校に行けなくても、どこからでもやり直しはきくはず!あの週刊誌の先生みたいに、この子が自分から学びたいと思えば、どこからだって学ぶことはできる!という希望は抱いていました。

いくら勉強していなくても、この子の能力、賜物は誰にも奪うことはできない。必ずこの子ならではの賜物が与えられているから、絶対に大丈夫!となぜか揺るがない自信が私にはありました。

この子は、勉強に関してはそこそこできる!

絶対にできる子!という揺るがない自信がありました。

そういう私の願いとは逆に、中学1年生の時は、給食だけ出る日が多くなっていたから、勉強はまともにしていない。

だから、テストも受けられない。

成績表も評価がつかない…

そんな中学1年を過ごしていました。

時々、スクールカウンセラーにも面談してもらったり

した時も、平気で私服で学校に行ったりして、先生から注意をうけていました。

そりゃ、当たり前ですよね。

皆、制服なのに、うちの子だけ私服なんて…

あの頃は、もう、規則とかそういうの、どうでもいいって思っていましたよ。あーもう、面倒くさって!

学校休んでるから、平日に新幹線乗って子どもと東京に行ったりもしました。

すごくドキドキしたけど、みんなとは真逆の事をしていて、なんだかすごく解放された気持ちで、清々しささえ覚えました。

こんな事、一生に何回もある訳じゃないよね?!

あぁ、なんて自由なんだろう!!!!!!!って感じた。

学校に縛られなくても、何かに縛られなくても生きて

いける、そんな感覚を初めて味わったように思います。

振り返れば、子どもが不登校にならなければ、見えなかったこと、気づかなかったこと、向き合えなかったこと、味わえなかったこと、本当にたくさんあると思います。

人として本当に大切なこと、子どもから教わったように思います。

大事な、大事な子どもだち!

お母さんである私を、本当の意味で楽に、そして、豊かな人生に導いてくれた不登校の経験に今は感謝しています。

この死ぬくらいに辛い経験だった不登校に感謝できる日が来るなんて…

夢にも思わなかった。

ここから、子どもの状態は変えられていったのです。

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